2009-10-14

何かを始める時間と心の負担

s5fの進みが少し遅くなってきた。問題がだんだんマイナーになってきたからだ。他のことに時間を取られているというのもあるけど。

とりあえず、今朝は/fsの実装に手をつけた。これが無いと色々と困る。いや、無ければ無いで直接属性を変更して消せば良いだけの話ではあるのだが、後々のことを考えると、やはり有った方が良い。

で、これの実装が見た目以上に難しい。実装が難しいというか、目的の小ささの割に設計がやや複雑なのである。現在は使用していない(でも、いつ復活するか分からない)目的にも対応できるように設計されているためだ。

このいささか過剰な設計のために朝の一時間では実装が終わらず、中途半端で作業を中断しなければならなかった。一気に終わらせられないことは最初から分かっていたので、この問題に手をつけるのが億劫で仕方なかったのだけど、今朝は何とか気力を振り絞ってノートパソコンを開いたのだった。

何かを始める時間はほんの一瞬であるはずなのに、なぜかある程度まとまった時間がないと始められない気がしてしまう。今までの経験が、未来に対する不安や恐れが、惨めな思い出が、過剰な期待や欲が、様々なことが迷いを生じさせ、足を引っ張る。

それでも、そんな気持ちを抑え込みながら、始めなければならないのだと思う。何かを始める一瞬の時間が本当に無いのだとすれば、いったいいつ始められるというのだろう。中途半端になっても良いじゃないか。良い結果が得られなくても良いじゃないか。何もかもうまくやろうなんてのは傲慢だ。

色々な言葉を駆使して自分をなだめ、またあるときは考えないようにしながら、今日も黙々と作業を進めるのである。