Author Archives: misohena

2011-08-08

aush

aushというオーディオプレイヤーを作った。

なんか今時プレイヤーソフトなんて作りたくなかったんだけど(しかもDirectSound)、それによく探せば他にも見つかりそうではあるんだけど、手頃なのがすぐには見当たらなかったので作った。

何がしたかったかというと、Emacs(Meadow)上から音を鳴らしたり、鳴るのが終わるのを検出したりしたかった。

最初はMeadowのMCI機能(mw32-mci-*)を使ってみたのだけど、色々と問題があってやめた。鳴り終わりだけでなく明示的に停止したときにも停止イベント通知が発生してしまった。それも再生→停止→オープン→再生というのを間を置かず実行すると、最初の明示的に止めたときの停止イベントだけ来て、次の再生の鳴り終わりイベントが発生しない。必ず前の停止イベントを待ってから次の再生を行うようにすれば回避できたのかもしれないけれど、怪しいのでMCI機能を使うのは諦めた。

NTEmacsでplay-sound-fileを試してみたのだけど、鳴っている間全く操作ができなくなってしまうのでこれは使えないと思った。

MPlayerも試してみたけれどうまくいかなかった。MPlayerというのはCUI(コマンドライン)のプレイヤーソフトで、Emacsからの制御ではEMMS(Emacs Multimedia System)という前例があるのでいけるかなと思った。しかし、MPlayerのWindowsビルドをダウンロードして適当なoggファイルをならしてみたら、音の最後の部分が途切れてしまった。原因はよく分からなかったが、そのようなバグがあるという記述をどこかのサイトの何年か前の記事で見かけた。面倒なのでそれ以上追求しなかった。

というわけで、plainなwavとoggが再生できればよいのなら、自前のDirectSoundライブラリもあることだし、ちゃちゃっと作れるだろうと言うことで作ったわけだ。

2011-08-04

吉野家のカレー

最近のお気に入りは吉野家が今週火曜日から始めたカレーである。

吉野家は以前も何回かカレーを出したことがあったが、以前のカレーはスパイシーなだけで味の乏しいそれで、とても満足できるようなものではなかった。特にあいがけカレーを食べたときなどは甘じょっぱい牛肉の味とスパイシーなカレーの味が完全に分離していて、二度と頼むものかと思ったほどだ。

しかし今回のカレーは違う。まず、具が大きくなった。大きくて柔らかいニンジン・ジャガイモがゴロゴロしてる。カレー自体の味も以前とは比較にならないほど豊かだ。カレー自体の味が豊かになったせいか、牛丼カレーにしたときに牛肉の味とちゃんとマッチしている。いわゆるあいがけカレーというのは今日いろんな店で食べられるけれど、肉とカレーがマッチしていないものがいかに多いことか……。ルーの種類には「こく旨」と「旨辛」の二つがあるのだけど、どちらも甲乙つけがたい。辛い方も以前のようなスパイシーなだけのさらさらカレーなどではなく、ちゃんと旨みがあるカレーなので安心した。

というわけで、吉野家のメニューとしては牛鉄鍋膳(初期のうどん入り・とじ卵バージョン)以来のヒット作だ。私の中では。

2011-08-04

すき家

吉野家でも松屋でも牛丼(牛めし)の味にある程度傾向があって、吉野家はしょっぱい、松屋は甘くてベタベタというイメージを持っているのだけど、すき家はと聞かれるとどうにも思い出せなかった。

少し前、出勤時に少し遠回りをして朝食をすき家で食べると言うことを何回かやってみたのだけど、そのとき初めて牛皿を食べて思った。乳臭い、と。そうか、すき家はオージービーフだったっけ。しかしそれほど乳臭いという印象を持っていなかったのは、トッピングが乗った牛丼ばかりを食べていたからなのだろう。すき家で初めて食べたメニューは確かハーブチーズ牛丼だった。なるほどね、木を隠すには森の中、乳臭さを隠すには乳製品というわけか。この弱点を認識しているからこそ、様々なトッピングを乗せた牛丼を思いついたのかもしれない。

このことに気がついてからというもの、私の中で吉野家の評価が上がった。以前は自宅近くの吉野家がすき家と入れ替わってくれたらなぁとよく思ったのだけど、最近はすき家もそれほどではないなと思うようになった。プレーンな牛丼の味では吉野家の方が良いと感じるし、そうなると牛皿(牛小鉢)を使った定食の評価も吉野家の方が上になる。それと、全体的にすき家の方が味が濃いのも気になる。タレだけでなく味噌汁も豚汁もしょっぱすぎる。

2011-07-10

新番組

  • ×うたの☆プリンスさまっ
  • △異国迷路のクロワーゼ
  • ・夏目友人帳 参
  • △ゆるゆり
  • △ロウきゅーぶ!
  • ・神様トォルズ
  • ×快盗天使ツインエンジェル
  • ○うさぎドロップ
  • ・No.6
  • △アイドルマスター
  • ・まよチキ!
  • ・セイクリッドセブン
  • △BLOOD-C
  • ・輪るピングドラム
  • ・神様のメモ帳
  • ・魔乳秘剣帖
  • ・猫神やおよろず
  • ・R-15
  • ×いつか天魔の黒ウサギ
  • ×ダンタリアンの書架

×=切り、△=切り候補、・それなり、○一押し

2011-06-22

仕様をよく考えること

ここ数年は、ろくに仕様を考えずに、いきなりコーディングに入ることばかりやってきたように思う。昔は仕様を考え、設計を検討し、工程を考えて、そういったプロセスをはっきり明確にするように心がけたものだ。しかしいつしかそういったソフトウェア工学的な情熱も冷め、できる限りそういった前準備を省き、コーディングをしながらアドホックに考えるということばかりやっている。

その意図はたぶん、「ソースコード=仕様書」主義なのだと思う。ソースコードとは別にドキュメントを作ると、改変に伴ってどうしてもソースコードとドキュメントとの間に食い違いが生じてくるし、その違いを埋める労力が必要になる。わかりやすくソースコードが書けるならば、わざわざドキュメントを書く必要は無いじゃ無いかというわけだ。プログラミング言語の表現力が向上し、昔より抽象的・概念的に記述できるようになってきたこともそれを助けている。機械可読な仕様書であるソースコードをより重視して色々工程を飛ばすことで、余計なコストをどれだけ削れるのかという挑戦をしていたわけだ。

しかし、その考え方も、そろそろ限界を感じている。

頭、体力、気力の衰えを感じる中、まだやったことが無い難しい課題に挑戦し、それでいて完成にまでこぎ着けるには、コーディングとそれ以外を分離して目の前の複雑さを低減しなければならない。でなければコーディング上の細かい問題と概念上の高レベルな問題との間を頻繁に行き来しなくてはならなくなる。思えば昔は解決すべき問題について考え、解決策を決め、それを明日の自分に手渡して、コーディングしてもらうというやり方をしていた。明日の自分は受け取ったものをどうやってプログラミング言語上で実装するかだけを考えれば良かった。やはりそれは楽だった。

結局、問題について考えるというプロセスを省くことはできないのだ。